人工股関節全置換術後(THA)は特に股関節脱臼に注意が必要です。
脱臼の原因は動作以外に構造や手術による影響もあります。
今回は脱臼原因である人工股関節の構造や手術の影響についてご紹介します。
人工股関節全置換術(THA)は変形性股関節症の方が行う手術の一つです。
股関節が変形し痛みが生じたり関節が動かなくなってしまった場合に、人工の股関節に入れ替え痛みの緩和や日常生活の改善を目的とした手術です。
手術後は変形した関節が人工股関節に変わるため痛みが消失しますが、入れ替えたことで股関節が脱臼するリスクが生じます。
脱臼のリスクは人工股関節全置換術を行ったすべての方にあり、一生脱臼する可能性があるため最も注意をしていなければならないことと言ってもいいでしょう。
それでは人工股関節全置換術(THA)や脱臼の原因についてご紹介していきましょう。
人工股関節全置換術(THA)とは?
人工股関節全置換術は英語で『Total Hip Arthroplasty』といい『THA』とよく略されます。
主に変形性股関節症の方に行う手術で、変形した股関節を人工の股関節に変える手術です。
変形性股関節症は臼蓋や骨頭が変形し痛みが生じたり関節が動きづらくなることで、日常生活に支障をきたすことが多くあります。
この変形した部分を人工股関節に交換することで痛みを緩和し、今までより生活を楽に快適に過ごせることを目的とした手術です。
この手術では股関節の臼蓋(寛骨臼)と骨頭を人工関節に変えます。
(右側方からのイラスト)
この部分を人工関節に入れ替えます。
人工物をインプラントといい、ヘッド、ステム、ライナー、カップから構成されます。
以前に人工股関節全置換術の手術やリハビリについてはこちらで詳しくご紹介しています。
ご興味がある方はどうぞ
人工股関節全置換術の脱臼とは?
人工股関節置換術は新しい人工股関節に入れ替えるため、手術後は股関節脱臼するリスクが生じます。
手術してから時間が経つと脱臼しにくくはなりますが、脱臼しないということにはなりません。
そのため人工股関節置換術をした方は一生脱臼に注意して生活をすることが重要です。
股関節が脱臼する確率はどのくらいだと思いますか?
手術方法によって脱臼率は変わりますが、およそ0.4〜9.5%です。
一番脱臼リスクが高いのが後方アプローチという方法で、お尻の横の方から手術を行う方法です。
脱臼は手術後8週間以内に一番多く起こります。
人工股関節置換術は入院期間が2〜3週間程度で、早い病院では1週間というところもあります。
退院し自宅の生活に慣れてきた頃がちょうど4〜8週間にあたり、手術部の修復や筋力も完全に戻っていない状態で油断してしまうため脱臼してしまいます。
また一度脱臼をすると二回以上脱臼する確率は39%とかなり上がるため、退院後は特に注意をしましょう。
仮に脱臼してしまった場合、徒手的に整復できないと再手術になります。
股関節脱臼の原因とは?
ではどのような状態になると脱臼をしてしまうのでしょうか。
日常生活での脱臼原因や構造・手術による脱臼原因についてご説明します。
日常生活での脱臼原因とは?
人工股関節置換術は『股関節屈曲(曲げる)+内旋(内側にねじる)』や『股関節伸展(伸ばす)+外旋(外側にひねる)』といった股関節を曲げ伸ばしした状態でねじることで脱臼します。
特に『股関節屈曲+内旋』である内股動作は注意が必要です。
日常生活で脱臼が起こりやすい動作は、靴を履いたり床のものを取る動作、洗濯物や布団を干す動作で起こります。
《靴下・靴の着脱》
《物拾い動作》
《洗濯物干し動作》
このような動作を行うと脱臼するリスクは非常に高いです。
安全に行うためには次のようにしましょう。
《物拾い動作》
《洗濯物干し動作》
こちらで人工股関節置換術の手術やリハビリ、日常生活について詳しくご紹介しています。
ご興味がある方はご覧ください。
構造や手術の影響による脱臼原因とは?
日常生活動作以外に脱臼に関わる要因として、人工股関節の構造的な問題や手術による影響があります。
股関節が脱臼する原因としてインピンジメント(挟み込み)、カップと骨頭の間の求心性低下、カップの設置位置があります。
股関節脱臼はカップと骨頭の間で起こります。
インピジメントとは股関節を動かした際に骨棘などが挟まることで、その部分が支点となり脱臼してしまいます。
カップと骨頭の間の求心性低下とは、求心力をわかりやすく言い換えれば密着力であり、カップに骨頭が密着せず外れやすくなっている状態です。
まずインピンジメントからご説明します。
インピンジメント性の脱臼とは?
インピンジメントの原因として主にこの3つがあります。
インピンジメント性脱臼の原因
①骨性インピンジメント
②インプラント性インピンジメント
③軟部組織性インピンジメント
〜骨性インピンジメントとは?〜
骨性インピンジメントとはその名の通り骨が原因でインピンジメントし脱臼してしまうことです。
変形性股関節症は臼蓋の周りに骨棘(こつきょく)という骨の出っ張りができます。
手術で臼蓋を交換するときに骨の出っ張りを綺麗に削ります。
しかし削り残しがあるとカップを設置しても骨棘が飛び出した状態になります。
この状態で股関節が動くとどうなるでしょうか。
頸部の部分が骨棘にあたり、それが支点となって脱臼します。
これを防ぐために整形外科医はカップ設置時に骨棘が残らないように注意しながら手術を行っています。
〜インプラント性インピンジメントとは?〜
インプラントはステム、カップ、ライナー、ヘッドから構成されます。
脱臼と関係するのはヘッドの大きさです。
ポイントはヘッドが小さいほうが脱臼しやすいです。
現在一般的に多く使われている大きさは骨頭径が28mmや32mmですが、一昔は22mmなど使われていました。
このようにヘッドが小さいとネックとカップが早い段階で接触し、接触部分が支点となり脱臼します。
そのため近年は28mm以上のヘッドを使うケースが多いです。
〜軟部性インピンジメントとは?〜
軟部組織とは骨以外の筋や靱帯、関節包などのことをいいます。
股関節の周りは関節包という膜で覆われています。
関節包とは線維膜と滑膜が合わさったもので、こちらは一般的な関節包です。
引用1)
股関節を動かした際にこの関節包が挟まることでそれが支点となり脱臼の原因となります。
特に前側の関節包インピンジメントには注意が必要で、股関節を深く曲げた際にこの部分がインピンジメントし脱臼することがあります。
カップと骨頭間との求心性低下とは?
求心性低下とは簡単にいうと密着力の低下です。
カップに対し骨頭を密着させられず、不安定である状態です。
脱臼はカップから骨頭が外れることで起こりますが、密着力が低下することで骨頭が外れやすい状態となり何かしらのひょうしで抜けてしまいます。
骨頭を求心位に保つには筋肉による安定性が必要です。
求心位に保つ筋肉は主に単関節筋と言われ、股関節外旋筋群、腸腰筋、小殿筋などです。
脱臼が最も多いお尻の後側からの手術では外旋筋を侵襲します。
そのため手術後は外旋筋の力がうまく発揮できず股関節は不安定の状態になります。
カップの設置角度とは?
股関節の臼蓋は変形しているためにカップを取り付けます。
手術中に注意しているのはこのカップを取り付ける角度です。
重要なのはカップの外側への傾きである外方傾斜角(がいほうけいしゃ角)、前側への向き具合である前方開角(ぜんぽうかい角)です。
まず外方傾斜角からご説明します。
外方傾斜角とはその名の通りカップの外側への傾きです。
外方傾斜角の最適な設置の角度は40°前後です。
次に前方開角についてです。
前方開角は前側への開きの角度です。
このようにカップが前側に向く角度であり、最適な設置角度は10〜20°です。
最適なカップ設置
外方傾斜角:40°前後
前方開角:10〜20°前後
カップの設置に加えステムの設置角度も重要です。
ステムとは大腿骨側に入れる支柱のようなものですが、このステムの入れ方が重要になります。
ヒトの正常な大腿骨には前捻角という大腿骨のねじれがあります。
人工股関節全置換術の場合も前捻角を考え設置します。
重要なのがステムの前捻角とカップ前方開角の和が40〜60°以内になるということです。
ステムやカップを個々に捉えるのではなく総合して捉えます。
これをCombined anteversion (CV)といい、この総和角度が最適内から外れると脱臼のリスクが高まります。
まとめ
人工股関節全置換術では脱臼に注意することがとても重要です。
脱臼率は0.4〜9.5%であり、多くは手術後8週間以内に起こることが多いです。
一度脱臼してしまうと再度脱臼する可能性は39%とかなり上がってしまいます。
脱臼の原因は足を内股にするなど日常生活の問題以外に、人工股関節自体の構造や手術の影響があります。
原因としてインピンジメント、カップと骨頭間の求心力低下、カップの設置角度が挙げられます。
このように人工股関節の構造や手術の影響に加え、日常生活で脱臼肢位になることで脱臼が起こります。
手術の状態で脱臼し易い傾向なのか、またはしにくい傾なのかを知ることが重要であり、これに加え日常生活で脱臼しづらい動作の獲得がとても大切になります。
今回は人工股関節全置換術後の脱臼についてご紹介してきました。
一度脱臼してしまうと再脱臼する確率が上がってしまうため、みなさんも注意しましょうね!
引用・参考文献
1)坂井建雄ら:プロメテウス解剖学アトラス解剖学総論/運動器系 第2版.医学書院.2011
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